【宇宙よりも遠い場所】 彼女たちを縛っていたもの ④ - しらせ編【よりもい】

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2018年に放送され、各社が行ったその年のアニメランキングでは軒並み上位をキープしていた『宇宙よりも遠い場所』(そらよりもとおいばしょ)。キャッチコピーを『女子高生、南極へ行く!』としたことでストーリー展開が推測できるにもかかわらず、たくさんの視聴者を釘付けにしてきました。

"なるほど、南極に行く過程でいろいろ壁にぶつかるのだな" と予測したうえで観賞していても、遥かうえをいく展開に感情は揺さぶられ、涙せずにはいられない。そんな名作のうちのひとつです。

さて、今回この記事で示したことは、その主人公である女子高生たち4人が、各々抱えている苦悩 = 心の縛りをどのようにして乗り越えてきたのかという点です。普通に過ごしているとつい諦めてしまったり、我慢して受け入れたふりをしてしまうモヤモヤとした気持ちを、日本から14,000km離れた場所でどのようにして解放していったのか、ということを丁寧になぞっていきたいと思います。

目次


いよいよ報瀬の話に入りたいと思います。ご存知の通り「よりもい」における報瀬は 主人公といってもいい存在です。本作タイトルの『宇宙よりも遠い場所』は、作中において報瀬の母の著書ですし、なにより、はじめから南極を目指していたのは報瀬です。報瀬がいなければ4人の物語はありえませんでした。

それでもキマリが主人公なのは、この作品の主題がキマリに投影されているからであるということは 既に述べましたが 、彼女たちの視点で見てみると、南極までの道のりにおける主人公はやはり報瀬でしょう。もし、「4人のうち主人公は誰?」という質問を彼女たちに投げかけたとしたら、報瀬以外の3人は迷わず報瀬を指差すのではないでしょうか。

誰から見ても、南極に行きたがっていたのは報瀬です。彼女は南極に、そして母の存在にずっと縛られていたのです。

反発心

キマリが報瀬と出会ったきっかけは、報瀬が落とした100万円です。すこし話はそれますが、100万円を拾ってくれた人と一緒に南極に行くなんてことが起きる確率はものすごく低いですよね。

まず、100万円を手元に持っていることで、報瀬は用心していたはずです。紛失しないよう、いつもより何倍も注意していたにもかかわらず、それでも100万円を落としてしまうということが起きる確率は、普段、財布を落とすよりかは低いはずです。

実際に落としたとして、その100万円が手元に戻ってこない恐れはがありました。たとえ100万円を回収できたとしても、それは警察越しになるか、たまたま拾ってくれた人間が直接くれたとしても、キマリと違って報瀬と属性が似通っていなかった場合、南極の話には発展しなかったでしょう。

話がはずんだとしても、その場かぎりの雑談に終わらず関係性が続くことは相当に稀です。キマリと報瀬は、たまたま同じ高校に通っている同学年の生徒という強い共通項があったからこそ、自然と話をする展開にまでなったわけです。

報瀬の100万円をキマリ以外の同じ高校の生徒が拾ってくれていた可能性はあります。そうすれば、キマリと同じように南極の話ぐらいはしていたかもしれません。しかし、そのなかで報瀬の南極行きを応援し、売り言葉に買い言葉で観測船のお披露目イベントに来てくれる人は、果たしていたのでしょうか。

似た境遇を持っていることから自然と会話に発展し、南極の話をすること。そして、本気で南極行きに同行しようとする意思があること。この条件で絞り込むと、報瀬と出会うべき人間はキマリ以外にいなかったのではと思えてきますね。もしかしたら、あの100万円を拾うべき人物は、この地球上でキマリしかいなかったかもしれません。主人公なのだからといってしまえば寂しい気がしてしまうので、ここでは運命的な出会いということにしておきたいと思います。

閑話休題。

南極に行く目的は、1話で報瀬が「私が行って見つけるの」と語るように、死亡と判定されることなく行方不明扱いとなったまま遺品すらほとんどない状態にある母について、自身の目で確認することにあります。

そして、娘である報瀬を家に置いてまで母が行きたがった南極の景色を自分の目で確認したいという思いを抱いていました。そのためならば、何を言われようと、誰の目も気にしないという強気な態度。これが元来、報瀬の姿勢でした。

ところが作品全体でみていくと、序盤の報瀬の行動原理は「ざまあみろ」というフレーズに代表されるように、周囲への反発心によるところが顕著でした

実際、キマリへ南極行きの話を明かした際は「無理だって言った全員に『ざまあみろ』って言ってやる」と言い放っています。これは1話でのセリフですが、この時点では、南極を目指す本来の目的であるところの母について、報瀬が具体的にどのように考えているのかはあまり描かれていません。

 

どちらかというと報瀬の負けん気の強さとチャレンジ精神がうかがえるくらいで、"打たれるほど燃え上がるタイプなんだな" ということがわかる程度です。周囲への態度は常に反抗心で、それは、応援すると言ったキマリに対して本気度を試すような誘いかたをするところから始まり、その後も「疑うの?」「嫌になったならなったって、素直にいえばいいじゃない!」といったフレーズをことあるごとにこぼしていたことからもわかります。反抗心で内面を燃やしつつ、一方では、周囲への疑念の強さも感じさせていました

たしかに振り返ってみると、全話のうち終盤、南極大陸に到着する頃まで母の話題に触れる機会はあまり多くありませんでした。

「南極に行く」ということが報瀬にとって大きな挑戦だったのは間違いありません。しかし、母のことを確認するという当初の目的は、作品の序盤、巧妙に隠され、次点として扱われていました

つまり、本来は報瀬だけの目的だった南極行きが、「4人の女子高生が苦境を乗り越え南極へ行く物語」という主題に見えるよう、展開されていたのです

"不明の母について" という極めてプライベートで繊細な問題は、一旦、"南極への冒険譚" というパブリックでスケールの大きい話にすり替わっていたわけです。

実際、4人はそれぞれ悶々とした気持ちや悔しさを抱えており、それらの感情を昇華させるがごとく、前へ前へと進んでいくので、物語としてはそれだけで十分に成立していました。

さて、「ざまあみろ」という言葉は本作において、南極に到着するまでのテーマとなっていました。報瀬と日向は最初から「ざまあみろ」という言葉を行動原理にしていましたし、彼女たちを南極へと連れていく観測隊員の大人たちもまた、むしろ報瀬よりもずっと前から厳しい目を浴びせられていて、さぞ鬱屈としていたはずです

その思いを終着させたのが、南極大陸に足を踏み入れた報瀬の「 ざまあみろ ざまあみろ ざまあみろ!!!! 」です。「ざまあみろ」という言葉は、南極に到着したほとんどすべての人間が抱えてきた鬱憤を見事に表現しています。

報瀬たち、そして観測隊員たちは、何くそ根性でここまで頑張ってきました。だからこそ、観測隊隊長で報瀬の母の旧友である藤堂吟の呼びかけに隊員たちは呼応し、全員で「ざまあみろ!!!」と叫んだのです。

報瀬を縛るものはずっと、南極そのものでしたが、本来は "母の居た場所" としての南極に行きたいというのがきっかけだったはずです。それがいつのまにか「アンタたちが馬鹿にして鼻で笑って」いたことへの反発心が、報瀬を南極へと執着させた大きな要素となっていました。

"無理だと言われ続けた南極に行く" という目標は、「ざまあみろ」という言葉によって、みごと締め括られました。

報瀬が「ざまあみろ」と叫んだとき、キマリは「着いたー!」、結月は「着きましたー!」、日向は「ゴール!!」と叫びます。これが 「4人の女子高生が、苦境を乗り越え南極へ行く物語」の終着点だったのです

一般に、何かに取り組んでいる途中から元々の目的が別の方向へとスライドしていくことはよくあることですが、不屈の精神で南極に到着した報瀬には、まだやることがありました。行方不明扱いとなっている母のことについて、正面から向き合う必要があります。果たして、報瀬は本来の目的を果たせるのでしょうか。

母のいた場所

報瀬は、南極に到着したら感動すると思っていたとこぼします。"南極には、これほどのものがあるからこそ、母はあんなに行きたがっていたのだ" ということを実感するだろうと。

ところが、実際に南極に到着してみて思ったのは「ざまあみろ」で、負けん気で目標を達成し、気持ちが晴れてしまえば、あとはいざ知らず。母のことについて抱くであろう感慨は思ったよりも得られず、まるで実感がありませんでした。

南極到着後も予定は順調に進み、とうとう、報瀬の母が消息を絶った新基地建設予定地の目前まで来ました。それでも報瀬は、母が消息を絶ったという知らせを聞いて以来、ずっとどこか夢の中にいるような気分だと言います。「夢の中」というのは、母のいない世界に対して、いまだ現実味を持てずにいるということでしょう。

報瀬はこれまで、南極に行けば何か変わるかもしれないと考え、あらゆる無理を通してここまでたどり着きました。しかし、ずっと抱えていたやり場のない感情は、これだけ遠くに来てもなお、変わることはありませんでした。このさきも一生、モヤモヤとした気持ちを抱えていくことになるのかもしれないと、報瀬は不安を覚えます。もしそうならば、この旅は、報瀬にとって一体なんの意味があったのでしょうか。

考えだすとキリがありません。寝付けないまま、報瀬は母の面影を思い出します。そんな夜、目を覚ましたキマリが話しかけてきます。

「報瀬ちゃんのおかげで私、青春できた」

整理のつかない気持ちに変化があるかもしれない。現実を受け入れることができるかもしれない。母への遺恨をどうにかしようと思って南極にまで来たのに、モヤモヤとした感情は何も変わらないままです。

しかし、キマリが報瀬に感謝を伝えてくれたことで気がつきました。ずっと、周囲の声に負けないように意地を張って、「ひとりでいい」と息巻いていた報瀬には、いつのまにか友達ができていたのです

母のいた場所をその目で確認するとき、それでもまだモヤモヤした気持ちが残ってしまったとしても、母が憧れ続けた南極に、一緒に旅してくれる友達ができた。それだけで、報瀬が南極にまで来た価値は十分にあったのです。いつもメールを送っていたように、報瀬は心の中で、母に旅の報告をします。

新基地に到着して涙する藤堂を見て、報瀬はどこか他人事のようにたたずんでいます。報瀬はもう諦念しきってしまったようで、母に関する手掛かりを探すことについて 「もういいよ」とこぼします。南極に行きたいという思いから行動にうつし、それがこうして達成できた以上、目的は果たしたのだというのです。

ところが、キマリたちにとってはそうもいきません。キマリたちにとって、南極に連れてきてくれたのは報瀬です。その報瀬が、母に関することで何かしら答え合わせをするという報瀬の信念を持って行動してきたのに、それがまだ果たされていないのですから、放ってなどおけません。たとえ報瀬が諦めても、キマリたちが諦められないのです

踏み出す勇気を持てなかったキマリ、友達が欲しかった結月。そして、同級生たちに傷つけられた日向。どんな問題も、一緒になって乗り越えてきました。だからこそ、報瀬がモヤモヤしたままでいることに耐えられるはずがなかったのです

いなくなってしまった母と向き合うために報瀬が掲げていた目標を、報瀬自身が取りこぼしそうになったとき、キマリ、結月、日向がしっかりと拾いあげてくれたのです。どんなものでもいい。とにかく何か1つでも、手掛かりになるものを見つけるんだ。3人は、報瀬の抑止を無視して倉庫へと走り出します。

その思いが、”例のパソコン” の発見へとつながりました。今度こそ、報瀬は本当に母と向き合う機会が、向き合わざるを得ない機会をつくることができました。

なお、パソコンのシーンについては一切を割愛します。ご存知のとおり、あの場面は本作において特に完成されているシーンであり、今ここで言葉にして何かを語ることはまず不可能だからです。あのシーンにおいては、画だけがすべてです。

まとめると、報瀬は最初、行方をくらました母に対する感情を整理するために南極を目指します。ここでは、母への思いが呪縛となっていました

南極を目指す過程で、周囲への反発をモチベーションに変換していくうちに、反逆心が目的化し、勢いづいた報瀬は、見事、南極へたどり着きました。知らぬ間に報瀬は、無理を押し切って南極へ行くことが縛りとなっていました。「ざまあみろ」という呪縛です

その縛りが解けると、いよいよ本格的に母へと向き合う必要が出てきます。しかし、南極では想定していたよりも、母の存在を感じることができません。南極に来る前と、気持ちの面では何も変化がなかったのです。せっかくここまできたのに、何も変わらいのでは意味がないと、落胆します。

そんなとき、キマリ、結月、日向というかけがえのない友達ができたことに気がつきます。母への遺恨と向き合うことはできなかったけれど、その代わりに、「無理を承知で南極に来れた」ということと、「こんなに遠い南極にまで、一緒に旅してくれる友達ができた」ということをもって、目的を達成したとみなしました。生きていくうえでは、代替物で妥協し、諦めていくということが必要な場面はありますから、報瀬はここで諦念を選び、納得して受け入れることにしたのです。

しかし、キマリたちが諦めなかったことで、母の唯一の遺品であるパソコンが見つかりました。これまでずっと、現実味がなくモヤモヤとした状態で過ごしていた報瀬は、ようやく、母のいない現実と向き合うことができました

受け入れたくない現実を直視することは、ときに、激しく傷つき疲弊することでもあります。それでも報瀬は、きちんと向き合い、無事に受け入れることができたのです。

大丈夫です。報瀬には、友達がいます
一緒に南極まで旅してくれた友達が。

もし、ひとりで南極まで来ていたら、結果として向き合えなかったか、あるいは向き合うことを避けてしまったもしれない現実と、真正面から向き合わせてくれた友達がいます。

きちんと気持ちを整理して、涙が枯れたら、また始めればいい。キマリ、結月、日向と手を取り合って、一緒に踏み出せばいいのです。幸い、南極と日本は、宇宙よりも遠い場所にあります。話す時間はたっぷりあります。

まとめ

日本に到着した4人は、あえて空港で別れることにしました。ずっと一緒にいなくても、抱えた苦悩を共有し、乗り越えてきた彼女たちは、離ればなれになったとしても問題ありません。一緒に南極に行ったという事実ほど、彼女たちを結びつけるものはないのですから。それをキマリはこう言いました。

「もう、私たちは私たちだもん!」

4人はもう、一緒にいなくても、自分の力できちんと新しい場所で踏み出す力を持っています。そして、そのことを4人がお互いに理解しています。

一旦別れて、やることを終えたら、必ずまた4人で旅に出ようと約束し、彼女たちはそれぞれの場所へと帰って行きました。

おまけ

帰宅したキマリがめぐみに報告を入れると、めぐみからは写真が送られてきました。南極から帰ったキマリと対をなすように、めぐみはいま、北極にいたのです。めぐみもまた、自分の足で、新しい世界への一歩を踏み出していたのです。

4人の帰宅で物語が終わると思いきや、最後にこんな、キマリとめぐみに関する仕掛けが用意されていたことを予想できた人は少ないのではないのでしょうか。『宇宙よりも遠い場所』はキマリに始まり、キマリに終わるのです


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