【ガーリッシュナンバー】声優業界を描いた問題作!クズな千歳と生存戦略

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『ガーリッシュナンバー』は、「やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。」等で人気のライトノベル作家・渡航が書き上げた小説を元に、2016年にコミック化を経てアニメ化したメディアミックス作品です。

声優業界を扱ったこの作品には「この業界はおかしい」というセリフが出てきます。その言葉のとおり、声優業界が面白おかしく描かれており、それは時に現実と重なり、視聴していて辛い気持ちになることもあるかもしれません。実際、周囲からは「不快」という声が多かったそうです(※1)。

(※1)【NIZISTA「『ガーリッシュナンバー』は祈りなんです」賛否両論!? 声優業界を描いた作家・渡航インタビュー① 】より

『ガーリッシュナンバー』はあくまでフィクションであり、実際の声優業界とは異なるはずです。ただし、アニメを愛好している人であれば、噂で聞きかじったことのある業界話や、想像できてしまうネガティブな面が、リアルに感じられるかもしれません。

特に、女子大生でありながら新人声優の主人公・烏丸千歳(からすま ちとせ)は明確にクズとして描かれており、この作品から感じられる不快さの多くは彼女によるものでしょう。新人声優でありながら随分と大きな態度を取る千歳と、彼女が息する声優業界に生じているいびつな状況は、現実に存在するブラック環境を想起させます。

そういった、業界の暗部が描かれているせいなのか、本編が始まった段階からどうしようもなくクズな千歳が、どこか狂っている「おかしな業界」の中では、むしろ魅力的に思えてきてしまうから不思議です。千歳のクズさというのは、ある人にとってはただムカつく一方で、ある人にとっては救いとして写るかもしれないのです

今回は、『ガーリッシュナンバー』の中で声優としてサバイブするクズ、もとい主人公の烏丸千歳が、なぜ魅力的に見えるのかという点を検証していきます!

目次


クズな千歳とお気楽上司

  烏丸千歳はクズです。アニメ公式サイト上で「クズな新人声優」と明記されています(※2)。

(※2) 【TBS公式サイト ガーリッシュナンバーキャラクター紹介 】より

千歳がクズである由縁は、「徹底的なお気楽思考」と「他人に対する見下し」、「舐め腐った姿勢」にあります。本編開始時には新人声優として、モブキャラ担当の実績しかなかった千歳ですが、アニメ販売元プロデューサーと事務所社長との方針で「インスタントなアイドル」として世間へ売り込むため、新しく製作するラノベ原作アニメのヒロインとして大抜擢されます。

徹底的なお気楽思考

新人でありながらヒロイン役を手に入れた千歳でしたが、普段ラノベを読まないことについての不安を投げかけます。しかし、プロデューサーと社長からの「才能さえあればオールOK」「かわいいし人気出ると思うんだよね」という軽口にまんまと乗せられると「売れちゃいましょう!気楽に!!!」と3人で高笑いする始末です。いったい、根拠のない自信はどこから湧いてくるのでしょうか。

他人に対する見下し

千歳が他人を見る目というのは、基本的に見下しです。事務所の同期であり友人の久我山八重(くがやま やえ)に対しても、それは同じです。

八重はいつも、自身のことについては過剰に謙遜する一方で、他人を持ち上げる傾向があります。事務所で久しぶりに千歳と遭遇した際には「ホント、ちーちゃん(千歳)はすごいよ!」と、根拠もなく褒め称えていました。もとより調子に乗りやすい千歳は、メインキャストの仕事が決まり有頂天だったこともあり気を良くし、八重に対してさもベテランであるかのように余裕ぶった振る舞いを見せます。

しかしながら、このたび千歳が獲得したメインキャストの座は、メインヒロイン5人のうちの1人であることが判明し、その中に八重も選ばれていることがわかると、千歳の心の中は悪態でいっぱいになります。八重を睨むと「この女、人のこと『すごいすごーい!』言いながらサラっと仕事とりやがって。その丸っとした腹の中、真っ黒か」と、脳内で吠えます。千歳のことをいつも持ち上げてくる八重のことを直前まで下に見て余裕ぶっていたせいか、せっかく手に入れたメインの仕事で八重が同列に並んできたことにムッとしたのかもしれません。

舐め腐った姿勢

千歳はよく、謎の歌をくちずさんでいます。第1話の「ワンワードでギャラ泥棒 拘束長くてコスパ悪い〜」を筆頭に「どうせ払いは原作持ちで〜」「赤字からだけ逃げられな〜い」「ラノベ作家はちょっと無理〜!」など、口の悪いフレーズのオンパレードです。しかしながら、意外とバカにならないというか、「本当はみんなも思っていそうなこと」を的確に示しているといえば否めないのも怖いところです。

たとえばギャラの話は、声優業界におけるギャラの仕組みを千歳の視点から捉えた様子を歌っています。これは、現実に声優学校や人材系企業のサイトに公開されているような業界のしくみについて調べてみると、なまじ間違いとは言いきれず、とてもシビアな話です。

ほかにも、主にお金の話から界隈の話まで、たとえほとんどの人が感じていたとしても口には出しにくい部分をさらっと歌い上げています。わざと聞こえるように、とまではいかないものの、周りに人がいてもあまり気にせず口ずさんでいます。

何か思うところがあったとき、それを粗雑な態度として出してしまえば信頼を失墜しかねないのにも関わらず、随分と生意気な歌をひょうひょうと歌ってしまえる千歳はもはや無敵です。もっとも、失う物が何もない新人だからこそできる芸当とはいえますが、舐め腐った態度でも堂々としていられるのは、ある種の才能でしょう。

かわいいところもある

千歳はなにも、クズなだけではありません。マネージャーである兄の烏丸悟浄(からすま ごじょう)が仕事を取ってくると、「やる!超頑張る!」と嬉しそうに話したり、千歳より年齢が下でありながら人気アイドル声優として活動する苑生百花(そのう ももか)とイベント終了後にハイタッチをして、嬉しそうな顔をする瞬間もあります。

ある日、百花と一緒に帰る機会を得た千歳は、百花と話をしているうちに悪口仲間として意気投合します。それまでの千歳は、他の人への態度と同じように、百花に対しても心の中では悪態を吐いていたのですが、やはり、悪口で繋がる友情というのがあるのでしょう。百花のことが意外にも好印象だったようで、楽しそうに言葉を交わしながら歩き、別れた後は「こういうのいいなぁ。」「がんばってみるか!」と嬉しそうな表情を浮かべていました。

百花は人気アイドル声優でありながら、母が有名女優、父が映画監督であり、周囲から何かと両親の話を持ち出されることに対してうんざりし、職業人として他者と一定の距離を置いてコミュニケーションを取りがちでした。

普段から人を見下している千歳にとっては、同じように周囲を少し冷めた目でみている百花と相性が良かったのかもしれません。千歳がクズであることは最初から明確に描かれていましたが、とはいえ、千歳はただ、怠慢で自信過剰でお気楽でヨコシマなだけで、決して人間的に終わっているというわけではないのかもしれないと思わせてくれる瞬間でした。

この業界はおかしい

「この業界はおかしい」という言葉は、『ガーリッシュナンバー』でよく提起される言葉です。

千歳からの視点

新人の千歳からみて、声で演じる仕事としての「声優」以外の部分があまりにも多く映ったのでしょう。イベントに出ては歌って踊り、トークを披露してはネットで叩かれる日々。特に、新人で大きな役を得られず、本業で活躍する場面よりか、タレントめいた仕事がメインになってしまっている状況を考えると、自身の職業について懐疑的になるのも頷けます。これは、声優業界のプレイヤーである千歳の主観的な視点で発せられた言葉です。

悟浄からの視点

一方、悟浄も同じように「この業界はおかしい」と呟きます。悟浄は過去に声優だったものの、志半ばで引退し、そのまま事務所のマネージャーとして働き始めました。もっとも、彼は千歳とは正反対に、声優時代もマネージャーとしても仕事に対して真摯に取り組んでいます。その悟浄が放つ「この業界はおかしい」という言葉は、自身がプレイヤーとして声優をしていた経験を踏まえ、かつ、非プレイヤーとして当時より業界を俯瞰できる立場となったいま、改めて業界に対して思っているということになります。

ほとんど仕事が得られていないにも関わらず、仕事を舐め腐っている千歳に頭を悩ます悟浄ですが、そんな千歳でさえ、声優業界の中でいえば順調にステップアップしていることになってしまう現状に、思わず「この業界はおかしい」とボヤくのです。

千歳と悟浄がそう言いたくなってしまう業界事情とは、一体どのようなものなのでしょうか。

不真面目な大人たち

千歳のみならず、声優業界を支える側にも「テキトー」な人間が登場します。その筆頭が 販売元のプロデューサーである「九頭P」こと、九頭です。いや、クズです。その名前に劣らず、他のスタッフたちの迷惑をあまり考えることなく仕事内容を急に変更したり、間に合うはずのないスケジュールを気にしないなど、わかりやすいほどクズとして存在します。

そもそも、千歳を新作アニメのメインヒロインとして抜擢したのは九頭です。その場に居合わせた悟浄が「こいつ、全然新人ですよ。さすがにメインやるには経験が...」と懸念を示しますが、声優をアイドルとしか思ってない九頭は「イベント稼働とそこそこの顔。時代はそういうインスタントなアイドルを求めてるんだから」とつき返してしまいます。

さらに、一緒にいた事務所社長に関しては、九頭の言葉に対して「イヨッ!」とおだてあげるのみで、意味のある言葉はひとつも発していません。もはやいてもいなくても同じなのですが、九頭と社長はノリの軽さが合っているようで、2人でいるといつも一緒に高笑いをしています。

こんなに軽いノリの2人が仕事の裁量を持つ立場にいるのですから、若手の悟浄はもとより、アニメ製作の現場で働くスタッフからすれば業界全体への不信感に繋がるのも当然です

真面目さは必ずしも報われない

千歳のようにお気楽で粗雑な人間が、さらにお気楽で軽い上長たちによってメインキャストを勝ち取る一方で、真面目に努力を積んでいる人間が伸び悩み、葛藤を抱えています

千歳の事務所の先輩・片倉京(かたくら こと)は、気さくな関西弁のお姉さんキャラです。自身の年齢が30代に近づいていることに危機感を覚えつつも、鳴かず飛ばずの声優業のかたわらでアルバイトを掛け持ちしています。声優時代から付き合いの長い悟浄に言わせると、京には実力も十分あるようですが、どういうわけかあまり売れていません。しっかり仕事をしていたとしても、それがそのまま売れることに直結しているわけではないのが厳しいところです

それは、悟浄もまた同じです。悟浄が声優を辞めた理由は詳しく描かれていませんが、京が自身の年齢と声優での実績を秤にかけながら葛藤しているのと同じように、悟浄もまた葛藤していたことでしょう。

京と悟浄はお互いにその仕事ぶりを評価しあっており、周りからの評価も十分にありました。特に、悟浄に関しては声優時代、音響監督とも対等に意見をぶつけあいながら収録に取り組む真摯な姿勢が他の声優から目撃されており、いたって真剣に取り組んでいる2人です。そんな2人でさえ、声優としてはヒットしないという状況に置かれてしまうというのは、声優業界という環境のどうにもいかない部分なのでしょう。

誰がどんな仕事を通じてどういった理由で売れるのかは予測しきれない。そういった事情が「この業界はおかしい」という言葉には詰まっていたのです。

千歳は本当にクズなのか?

大物とクズは紙一重

5人ヒロインではあるものの、初めてメインキャストとしてイベント稼働することになった千歳。共演キャスト4人のうち、場慣れしていない2人の緊張でいっぱいです。そんな中、同じく場慣れしていないはずの千歳は、出番前にもかかわらず居眠りをするほどの余裕を持ち合わせていました。そのことについて指摘されるも「緊張する要素ある?」とサラっと放ちます。普段はクズとして機能する千歳の性格ですが、場面が変わると、大物特有の性格に思えるから不思議です。

イベントでは、当初予定していた「1話先行上映」が製作の遅れによりできなくなり、すでに公開されているティザーPVのみが流されました。期待外れの状況に観客はざわつきます。会場内の厳しい雰囲気にあてられ、場慣れしていない側の2人は焦燥感をあらわにしますが、千歳は平然とした顔つきで「みんなーー!!盛り上がってるかなーー!!」と叫びます。すぐさま、場慣れしている側のキャスト2人が追随し、会話の流れで自然と主題歌披露へと移行することで場の空気を一変させます。

千歳は決して、困惑が漂う会場に焦って、無理やり盛り上げようとしたわけではありません。むしろ、観客たちが困惑する様子を無表情で見やると、まるで「なんとかするしかないか」と言わんばかりにひと息吐く描写があってから、一声を放っていました。新人声優でありながら、この落ち着きぶりは一体どこからくるのでしょうか。普段からあらゆるものを舐めている千歳にとっては、ライブイベントなんてたいしたことはなかったのかもしれません。これもまた、普段はクズとして機能している千歳の性格が、度胸として表出した瞬間でした

クズの戦略

千歳はなにも、やる気がないのではなく、自分がやりたい仕事、または自分にメリットが大きい仕事以外はやる気がないのです。とにかく早いとこ売れっ子になってもてはやされたいのです。

それは一見ダメ人間にも思えますが、コスパがいいと捉えることも可能です。新人は、その仕事ぶりを見てもらえる機会が少なく、小さな役どころでは、合格ラインをこなしてさえいけば、実績として積み重なっていきます。

もちろん、どんな小さな仕事であれ何かを学びとろうと意欲的に取り組むのもひとつの戦略ですし、その姿勢を買われたことで、次の仕事を得るということもあるでしょう。しかし、千歳のように図太く、適当に仕事をこなそうという姿勢であっても、仕事を持ってくる運営側の人間と波長が合ってしまえばそれなりにチャンスは得られます。必ずしも、すべての仕事に全身全霊で取り組もうとせず、無駄な努力を避けた戦略で、実力やキャラを武器に仕事を得ることができてしまえば、千歳のような姿勢であってもサバイブすることが可能なのかもしれません

もっとも、それは自分のレベルを的確に理解できていない場合は、ただやる気も実力もない人間として評価されてしまいます。序盤こそ、天才肌な部分で仕事をクリアしていた千歳ですが、物語が進むうち、実力と自己評価との解離に気がついた千歳の葛藤がはじまります。大風呂敷を広げがちな千歳ですが、打たれると意外にも弱い部分があり、いつものクズな千歳とは違った様子がうかがえます。ぜひ本編で確認してみてください!

勝ったな!ガハハ! 

千歳の口癖に「勝ったな!ガハハ!」というものがあります。これは元来、九頭と社長が使っていた言葉なのですが、軽さとお気楽さを内包したこのフレーズは千歳にもハマったようで、ことあるごとに繰り返すようになります。

たしかに千歳はあまりにもノーテンキで、舐めた態度で仕事をしてはいる一方、叩かれると傷ついてしょんぼりしてしまう面もありました。しかし、それはあくまで気持ちの振れ幅として弱気になることがあるというだけで、きっかけさえあればまたいつもの調子に戻ってくるところが、千歳の持ち味でもあります

千歳の図太さは普段、クズそのものにしか思えない一方で、近くにいる人間の不安や葛藤を吹き飛ばしてしまえるくらいアホらしい態度であったりもします。まだ何も成功する前から「勝ったな!ガハハ!」などと高笑いしているアホな子が横にいれば、呆れると同時に、それを聞かされた身としては、意外にも落ち着きと冷静さを取り戻せるのではないでしょうか。

まとめ

声優業界の中でサバイブしていくには様々な戦略が必要です。真剣に取り組む姿勢は信頼を生みますし、成長にも繋がることでしょう。その反面、周囲におかしな人間が多い環境となれば、その真面目さがあだとなり、プライドが傷つけられたりモチベーションが下がったりしてしまうかもしれません。

そんな中で生き抜いていくうえで、お気楽さや調子の良すぎる態度はときに必要な胆力として発揮されることがあります。実際、クズに思える九頭や社長は、そのポストを追われることなく仕事をしており、必ずしもダメな動きだけをしているわけではなく「楽に成果を上げたいよね」という素直な欲求に沿って行動をしているだけで、視点を変えればどこかできちんと貢献している部分があるはずです。そう考えると、千歳をクズたらしめる要素はむしろ「おかしな業界」の中で強力な武器として機能しているのかもしれません


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