「シャーマンキング」がアニメ化するらしい。期待していいの?

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ズバリ言います。

期待していきましょう

目次


概要

1998年に「週刊少年ジャンプ」で連載が開始され、2004年に突如として終了した『シャーマンキング』。打ち切り回の最終コマに描かれた「みかん」の絵は、この物語の「未完」を意味すると話題になり、ファンの間では続編が長らく期待されていました。

また、連載中の2001年〜2002年にはアニメ化されるなど、当時の人気はたしかなものだったようです。

時はすぎ2008年、打ち切りによって描かれずにいた世界を最後まで収録した “完全版”の発売が決定し、大きな話題となりました。その後、版元がジャンプから講談社へ移ったり、原作者である武井宏之氏がツイートした、再アニメ化についての投稿が話題となったり、さらには、旧アニメ時代にヒロイン・恐山アンナ役を担当した林原めぐみが突然ある場所に降臨してはファンをざわつかせたりと、話題に欠くことがないまま、連載20周年を迎えました。

そうしてついに「全35巻を最後まで描ききる "完全新作" 」として、アニメ化が発表されました。ファンにとっては、連載が終了した2004年からずっと焦らされながら待ち続けていたことのひとつが実現するということになります。

どんな作品であれ、アニメ化などの大きなニュースが発表されれば、基本的には喜ばしいことでしょう。こと『シャーマンキング』に関しては、関係者からファンに至るまで、ずっとどこか消化不良のような状態にあったこともあり、今回のアニメ化は非常に嬉しいニュースとなったのではないでしょうか。

ここでは、そんな完全新作アニメ『シャーマンキング』について書いていこうと思います!

新作アニメの何に期待がかかっているのか、そして、『シャーマンキング』という作品の魅力は何なのか、じっくりと見ていきましょう!

最新のアニメであること

旧作から20年

先述のとおり、『シャーマンキング』が前回アニメ化されたのは2001年〜2002年のことです。それから20年経って、待望のアニメ化ということになるわけなので、当然ながら、その品質が向上することが期待できるでしょう

もちろん、20年前の質が悪かったということではありません。この文章を書くにあたり、旧作を見返してみたところ、当時のアニメであることを考えれば十分であるどころか、むしろ、質の高さに驚かされるほどでした。たとえば、以下のシーン。

シャーマンの頂点 “シャーマンキング” を目指す大会 “シャーマンファイト” への参加を掛けて、主人公・麻倉葉(あさくらよう)は、大会運営陣のメンバー・シルバによる実技試験を受けます。ところが、それまで葉が使っていた戦闘スタイルである ”憑依合体” では刃が立たず、苦戦を強いられます。

しかし、戦闘のなかでシルバのスタイルを観察した葉は、持ち霊の阿弥陀丸を “春雨” という刀に憑依させる “オーバーソウル” というスキルを習得しました。

今後、このオーバーソウルは戦闘時に必ず使用するスキルとなるのですが、この場面は葉がはじめてオーバーソウルを発動した瞬間となります。とても大事なカットなのですが、その立ち姿には、戦闘中に成長していくタイプの主人公らしい、強い迫力がありました

直後、シルバからの激しい攻撃を、葉がオーバーソウルによって受け止めているカットでは、時間経過とともに耐える葉の表情にズームがいくのですが、その間、作画が乱れることなく描かれていました

過去のアニメ技術について評価をすることは困難で、アニメーションのプロではない筆者が語るには主観の域を超えることはありませんが、少なくとも、2001年のアニメであると理解したうえで視聴すると、そこには驚嘆があり、おそらくは品質が高かったのではないかと思わされます。

驚いたのが、アニメ制作会社・TRIGGERの創始者であり、『プロメア』や『キルラキル』の監督を務めた今石洋之氏が、旧作『シャーマンキング』のオープニングで原画を担当していたことです。言われてみれば急にそう思えてしまうというのが人の常ではありますが、たしかに、オープニングでのキャラアクションにはそれらしい動きや重量感に迫力がうかがえます。

しかしながら、どれだけ当時の品質が高かったとしても、20年という時間が流れた以上、ほとんどの技術は向上しているはずです。それは、制作スタッフたちの腕という意味はもちろんのこと、現場で使われている機材が発達していたり、制作コストが下がっていたりと、様々な要素について言えることでしょう。

アニメ業界における働き方についての話は様々な意見があり、ここでは触れませんが、純粋に、アニメ作品の完成品における質が、20年間で相当に向上したということについては、みなさまに同意していただけるかと思います。

現時点では、制作に関わる組織やスタッフについての発表がありませんが、たとえどんな制作チームとも、20年間で品質が段違いに向上したであろう最新のアニメーション技術をベースに作られることに関してだけいえば、新作『シャーマンキング』は手放しで期待できます

声優の続投

続投の希望

ファンの間では有名かもしれませんが、武井氏はこれまでに、『シャーマンキング』の再アニメ化の話を持ちかけられたことがあったようです

ところが、武井氏は旧作アニメ時代の声優や楽曲にこだわりがあるようで、それらが使用できないことを理由に、アニメ化の話を断っていたとのことでした

前作と同じとなると、どんな声優が挙げられるでしょうか。

まず、麻倉葉役の佐藤ゆうこ氏

佐藤氏についての情報がもっとも多く載っているのは Wikipediaになってしまうのですが、それによると、特に2010年以降の活動についてあまり記載されていません。現在はもう声優としての活動を終えてしまったのかと推測すると、武井氏の希望である「同じ声優の起用」は難しくなってしまいます

ところが、佐藤氏が現在所属していると思われるプロダクション ”アクセント“ のホームページを見てみると、「主な出演作品」の “音声ガイド” として『キャロル & チューズデイ』の表記があります。『キャロル & チューズデイ』といえば、2019年の作品ですから、少なくともその時点で声の仕事をしていることがわかります。

【参考サイト】 アクセント 佐藤ゆうこ

名前が公になる仕事というのは、露出の機会が減ると、どうしても「いなくなってしまった」という認識をされてしまいがちですが、まだ声の仕事をしているのであれば、新作アニメでも、あの葉の声をもういちど聴くことができるかもしれません!

他の声優である可能性があるとすれば、SEGAが発売したゲーム『戦国大戦』では、武井氏本人がイラストを担当した葉と阿弥陀丸にそっくりなキャラクターが「上杉謙信」という名前で登場しており、ゲーム内には「なんとかなる」「もうひとふんばり」などと、葉の口癖がセリフとなって登場しています。それでいて、ここでは佐藤氏ではなく他の声優が起用されていました。

ただし、このキャラクターは葉をモデルにしているだけで、ゲーム上ではあくまで上杉謙信として登場するめ、新作において登用されることは考えにくいでしょう。

林原めぐみ「歌ってみた」騒動

前作『シャーマンキング』の声優について話を戻しますと、実は当時、メインキャストを林原めぐみ氏、朴璐美氏、高山みなみ氏など、今でも大人気の声優たちが担当していたのです!

とくに、林原氏については、作中に登場する『恐山ル・ヴォワール』という詩を元にファンが二次創作として作り上げた楽曲が話題になると、なんと、ニコニコ動画にて林原氏本人が、素性を隠したまま「歌ってみた」を投稿したのです。当時は大きな話題になりました。

しかもそれは、林原氏だけによる思いつきではなく、作者の武井氏にくわえ、当時の版元である少年シャンプサイドが関わったうえで、大人による本気のサプライズとして行われた企画だったようです。

この事件について、林原氏は自身のページにて以下のように語っています。

「シャーマン10周年を記念して、「恐山ル・ヴォワール」を歌ってくれないかなあ?ファンの人達が喜ぶと思うのだけれど…」と、依頼メール。二つ返事で、「うん、いいよ、やるやる」(※2)

(※2)KING RECORD公式サイト "KING AMUSEMENT CREATIVE" 『MEGUMI HOUSE』 『めぐさんより:恐山アンナ、「恐山ル・ヴォワール」を歌ってみたの林原的真相!』 より引用

この騒動については、武井氏サイドも以下のようにツイートしていました。

さらに、武井氏と林原氏はいまでも連絡を取り合っているようで、最近では、2017年に日本テレビにて放送された、”友達を数珠つなぎで紹介していく” という内容の番組『グレートコネクション』に出演した武井氏が、「スゴい友達」として林原氏を紹介するなど、その仲の良さがが伺えました。

豪華なサブキャラ陣

メインキャストのみならず、サブキャラの声優陣には、ファウスト役を子安武人氏、葉の父である麻倉幹久役を堀内賢雄氏が務めていたりなど、今になって見返してみると、その豪華さに驚くことでしょう。

さらに、麻倉家に仕える玉村たまお役を担当していたのが、今では歌番組の多々出演の、声優でありながらアーティストとしてのポジションを確固としたものにしている水樹奈々氏だったのです!

ほかにも、ホロホロ役にうえだゆうじ氏、小山田まん太役に犬山イヌコ氏、ジャンヌ役に堀江由衣氏など、昔から活躍している名優から、今をときめく人気声優まで、幅広く担当していたのが、旧作『シャーマンキング』だったのです!

すべてのキャストを旧作と同じ起用にするのは難しいでしょうが、武井氏のこだわり通り、可能な限り同じ声優陣によって放送されるようであれば、旧作の世界観は保ちながら、新作として格段にバージョンアップした『シャーマンキング』が観られることになるでしょう!

続報に期待です!

完全版であること

「連載終了」はどんなものだったのか

『シャーマンキング』を語るうえで、連載終了の話は必ずついて回ります。とはいえ、無事に完結した本作が、「35巻の最後まで」と明言されてアニメ化することとが確定しているのはとても喜ばしいことです。

そもそも、「週刊少年ジャンプ」時代の最終回はどういったものだったのでしょうか。

シャーマンファイトの第2トーナメントが終了したあと、宿敵であるハオを倒せるかもしれないチャンスが巡ってきます。もちろん、ハオの強さは作中ナンバーワンで、誰がどう見ても勝てないことは明確です。それでも葉たちは、まるで何か策があるかのように堂々としていました。

最終回は、葉たちがハオの元へと向かう道中、突如として訪れました。いよいよ本命であるハオに挑むため、覚悟と準備を整える葉の一行。そのとき「オイラたちの戦いはこれからだ。明日勝つために 寝るぞーーっ!!!」という葉の号令がかかると、本作で葉たちが登場するシーンは終了してしまいました。

すると今度は、まん太が夢の中で見た「プリンセス・ハオ」という存在の話に移りました。アンナにいわせれば、ハオは「執念という魔王に捕われた」「バカでしつこくてどうしようもない ちっちゃいかわいい眠り姫」であり、倒すべき魔王ではなく、むしろ救い出してあげるお姫様なのだというのです

正直なところ、このエピソードを本当の最終話として考えてしまうと、なかなか釈然としないように思えてしまうかもしれません。「勝てるわけがないハオにどうやって立ち向かうのだろう」という期待が高まってきたころで、不意にハオがお姫様化してしまい、それでもって『シャーマンキング』が終了と言われてしまえば、突拍子がないように感じるのも無理はありません。

連載が終了する理由は様々ですが、この終了については、ある日の林原氏のラジオ内にて武井氏からのメールという形で説明がなされていました。ラジオという形式上、公式のソースをここに貼り付けることはできませんが、内容を筆者なりに要約すると「連載が終了するにあたり、最終日までに物語をたたむことは可能だが、きちんとした完結の話は用意してある。したがって、一旦の ”中断” として、この形を取った」とのことでした。

当時は突然に思えた “中断” としての最終回も、完全版の完結を経て、改めて読み返してみれば、それは意味の通ったエピソードになっていました。たしかに、ハオはお姫様だったのです。

ついてまわる「途中終了」のイメージ

衝撃的な打ち切りが話題になった『シャーマンキング』でしたが、武井氏の描く作品は、どうも不運な巡り合わせに陥ってしまうことがよくあるのです。

『シャーマンキング』シリーズとはまったく別世界の新作として、”ユンボルシリーズ” があります。こちらは、『重機人間ユンボル』として「週刊少年ジャンプ」で連載が始まったのですが、わずか十数回にて打ち切りにあってしまいました

その後、時代設定を少し変え『ユンボル -JUMBOR-』として「ウルトラジャンプ」にて連載が開始されたのですが、こちらも現在は休載中となっています

また、『シャーマンキング』のその後を描いた『シャーマンキング FLOWERS』は、掲載していた雑誌「ジャンプ・改」の休刊を受け、そのまま休載状態となっています

人気作『シャーマンキング』の連載終了は衝撃的でしたが、それ以来、あらゆる事情により連載が完結しないという印象がついてきてしまっていたことを踏まえると、今回の新作アニメは「最後まで」と明言されていることから、とても期待ができそうです!

旧作アニメも途中まで

旧作アニメに関しては、連載途中で追いついてしまうためにオリジナルストーリーにして終了したという事情があり、そちらはそちらで、当時リアルタイムで視聴していた筆者も楽しめたことを覚えています。

しかし、すでに原作を読み始めていたことで、どうしても原作の内容をアニメでも見たいという気持ちは拭いきれませんでした。同じような人もたくさんいるのではないでしょうか。

いよいよ、完全版としてのアニメが放送されることになり、途中で終わってしまうイメージの強かった本作が、最後まで視聴できることになりました。

今度こそ、本当の本当に最後まで放送されるということで、期待していきましょう!

旧作について

では、その旧作アニメはどこまで描かれていたのでしょうか。

旧作『シャーマンキング』は、2001年7月に放送が開始、2002年9月に最終回を迎えました。原作通りに描かれたのは途中までで、その中にオリジナルストーリーを含めつつ、全64話のアニメとしてまとめ上がっています。

また、原作とほぼ同じ内容の序盤においても、カットされてるエピソードや、アニメ化においてむしろ細かく描かれた話がありました。

たとえば、アメリカ到着後に遭難したホロホロが白熊のアポロと盃を交わす話。アイヌ民族が持つ文化とホロホロの哲学が垣間見え、非常に熱いエピソードなのですが、アニメではバッサリとカットされています。その代わり、アポロ編と同様の「自然と人間の共存」についての話が、1話完結で平易に描かれています。

旧作アニメが放送されていたのは20年も前ですから、当時はまだ子どもだった人が多いのではないでしょうか。また、テレビ東京のゴールデンタイム枠のアニメであったことから、対象年齢が「週刊少年ジャンプ」の読者層よりさらに下げられていたような印象があります。

たしかに、原作においてアポロと酒を酌み交わすシーンは、やや大人向けと言いますか、「渋みのあるかっこよさ」という雰囲気がありました。毎週、連載を追って積極的にジャンプを読もうとするファンとは違い、「アニメの時間」に放送されている番組を見る層はもう少し若い年代が設定されていたということでしょうか。あくまで、ホロホロの信念は原作と同じままに、簡素化されたお話になっていたのでした。

ほかにも、アニメオリジナルのキャラクターとして “リーリーファイブ” が登場したことなどが、アニメオリジナルの特徴としてあげられます。

旧作アニメでは、最後にハオと葉が直接対決となり、みんなの力を集めた葉がハオを制すなど、原作とは大きく異なった終焉を迎えました。その違いに筆者は驚きましたが、いま改めて、連載とアニメとのタイミングの問題や、ターゲットやコンプライアンスなど、様々な大人の事情を考慮したうえで旧作アニメを見返してみると、中盤からオリジナルであるにもかかわらず、むしろ綺麗にまとまっていることに気が付きました

旧作は旧作で、ひとつの作品として面白いものでした。しかし、今度の新作では、原作からカットされていたアポロ編や、途中から追われなくなってしまった原作遵守のストーリーが盛り込まれるわけですから、原作ファンの喜びもひとしおでしょう。

新作では、「35巻を描き切る」と明文化されているため、意外にも好評だった前作のオリジナルキャラクター ”リーリーファイブ” や “アレン” たちは登場しないかもしれません。あるいは、旧作アニメのオリジナルストーリーであった幹久とハオの直接対決も、おそらくは描かれないことでしょう。

それでも、原作通りのストーリーは、視聴者の心を熱くしてくれるはずです

恐山ル・ヴォワール

旧作アニメにおいて取り扱われなかったエピソードのうち、もっとも重要かもしれないのが「恐山ル・ヴォワール編」ではないでしょうか。いわゆる “回想編” として展開されているこのエピソードには根強いファンが多く、先述した “林原氏「うたってみた」騒動" が巻き起こったのも、その人気の強さからでした。

恐山ル・ヴォワール編とは

ここまでで何度も述べているように、「恐山ル・ヴォワール」は『シャーマンキング』を語るうえで外すことができません。本作をちゃんと読んでこなかった人でも、このフレーズは聞いたことがあるのではないでしょうか。ここでは、一体それが何であるかについて書いていきたいと思います。

長編の作品は、物語の展開によってざっくりと章分けできることが多いですが、本作の中盤に配置されている回想編、ならびにその回想編のなかに登場する劇中詩のタイトルが「恐山ル・ヴォワール」です。

葉は、シャーマンファイト開催中のさなかに殺されてしまった蓮を蘇生してもらおうと、X-LAWSのボス・ジャンヌに頼むことにました。X-LAWS側が出した条件は、「蓮の蘇生と引き換えに、葉がシャーマンファイトを辞退すること」でした。シャーマンキングになることを目指して旅をしてきた葉でしたが、友達の命には変えられず、蓮を生き返らせることを約束させ、シャーマンファイトの参加証であるオラクルベルを置き捨てて去って行きました。

少し遅れてアンナがやってくると、葉が捨てたオラクルベルを拾い上げ、自分に黙って大会を辞退した葉について思いを巡らせます。そこから、5年前に葉とアンナが出会った当時の話がはじまります。

ル・ヴォワール編のおもしろさ

「ル・ヴォワール編」の魅力は、葉、アンナ、猫又の霊・マタムネの3人の感情が緻密に描かれていることです。葉のユルさと心の強さがアンナを闇から救い出し、さらにはマタムネの遺恨までをも解放してくれたのです。葉に惹かれ、葉によって救われた2人の感情が、言葉と絵の尽くす限りで描かれています。それが「ル・ヴォワール編」なのです。

小学生だった葉は、ある日、自身の許嫁として選ばれたアンナに会いに行くよう言われました。葉はしぶしぶと、麻倉家に1000年仕えていた猫又の霊・マタムネとともに、アンナのいる霊峰・恐山へと向かいました。

ところが、アンナという人間は、一筋縄では行かない存在でした。アンナは人の心が読めてしまう能力のせいで、近くにいる人間の欲望や浅ましさなど、醜悪な感情が身体にたくさん入り込んできてしまい、それが怨念となり、鬼を生み出してしまう体質を持っていました

そのせいで、アンナはずっと誰とも関わらないようにして、ひとり引き籠もって生きていました

ところが、葉と出会ってから、アンナの心に光が差し込むようになります。最初こそ、アンナの抱えた怨念が、葉を襲う子鬼として登場してしまいましたが、少しずつ、葉の言葉や考えていることが、アンナの心にスッと入ってきたのです。アンナにとって、それまで人間の心はひどく醜いものでしたが、葉の心は澄んでいて、乱れることがなかったのです

アンナが人の心を読めるという能力はこれまでアンナを苦しめるのみでしたが、むしろ、葉の抱いた素直な思いがそのままアンナに入ってくることで、アンナは温かい感情を少しずつ知っていくことになりました。

アンナは、人間の醜悪な感情が身体に入ってきてしまい、そのせいで闇を抱え、それが怨念となり鬼を生み出してしまいます。それを自分では制御することができないために、誰とも関わらないように息を潜めていたのです。

ところが、どんなにアンナが心を閉ざしていても、葉はずっと「なんとかなる」と言い続けます。アンナが苦しみ、我を失いそうになっても、葉が側にいてアンナを落ち着かせようとする。あるいは、鬼を生み出してしまっても、葉が退治する。

「なんとかなる」という信念のもと、なんとかしようとしていきます。本作のなかで、葉がこれまで何度も口にしていた「なんとかなる」という言葉が、口先だけではなかったということがよくわかりますね。

アンナの面倒を見ていた葉の祖母でイタコの木乃、そしてマタムネは、アンナが葉と一緒に出かけて行ったのを見て驚きました。おぞましいほどに闇を抱えてしまったアンナでも、葉ならば救い出すことができるかもしれないと思ったのです。

さて、葉に心を開きはじめたのもつかのま。人混みが近づくと、アンナはやはり心を支配されてしまい、その黒い感情が怨念となり、アンナ自身も見たことのないサイズの大鬼を生み出してしまいました。

葉と一緒にいればなんとかなるかもしれないと思い始めていたアンナでしたが、やはり自分では制御できなかったのだと諦め、葉に対して、これ以上自分に近づかないようにと告げます

ところが葉は、この期に及んでもいつもどおり「なんとかなる」の精神です。アンナが心を支配されてしまったなら、何度でも取り戻せばいいと言わんばかりに、鬼に立ち向かっていきます。

シャーマンの力量は、心の強さによって決まると言われています。どんな状況にあってもブレることなく、それでいて、少し気の抜けたような葉の心は、まさに柳に風暖簾に腕押しです。

そんな葉に惹かれたのがマタムネです。マタムネは、1000年前に自分を寵愛してくれた大陰陽師・麻倉葉王の暴走を食い止めきれなかったこと、そして一度は彼に刃を向けたことに対する遺恨を抱えたまま現世に留まっていました。

しかし、葉がアンナを闇から救い出そうとしている様子を見て、葉ならば、同じように闇を抱え、自身の目的への執着によって転生を繰り返しては人間を滅ぼそうとしているハオを救い出せるかもしれないと考えたのです

マタムネは、1000年前にハオから授かっていた巫力のすべてを葉に託したことで、現世からは消失してしまいました。しかし、そのおかげで葉は見事に、アンナが生み出した超大鬼を倒すことができました。

アンナは、どれだけ闇に支配されても、葉が必ず救い出してくれるということを確信し、許嫁となることを受け入れただけでなく、自身でも、二度と雑念に支配されない強い人間になるために努力をするようになりました。

こうして、アンナに会いに行く度は終わりを迎えます。

来るときは一緒だったマタムネの姿は、帰りにはありませんでした。葉は、シャーマンという特殊な能力を持って生まれたこともあり、学校には友達がいませんでした。そんななかで、マタムネは葉にとって特別な存在となっていました

また、マタムネにとっても葉は貴重な存在でした。自身が敬愛しながらも、その暴走を食い止めきれずにいたハオを、葉ならば「なんとか」してくれるだろうと思わずにはいられなかったのです

こうして、アンナとマタムネは、長きに渡って抱え続けていた念から解放されたのです。それはいずれも、葉の心の強さによって引き起こされたものでした。

「恐山ル・ヴォワール編」は、そういった「どうしようもないままに、溜め続けてきてしまった心残り」を、本人たちの視点から、どれだけ思い続けて、果たせずにきたかというところまで丁寧に描いていました。その繊細さは、読者の感情を激しく揺さぶったことでしょう。

そのうえで、葉という希望の存在の底抜けな心の強さによって助け出されるまでの過程が描かれており、カタルシスを感じずにはいられないエピソードとなっていたのです。

さらに、この回想編をより感傷的にさせているのが、マタムネからの手紙です。そこには「恐山ル・ヴォワール」という、葉とアンナに向けて遺した詩が記されていました。

感情の重たく淀んでしまった部分からはじまり、一辺の希望を見出していくさまが記されています。声に出すと美しい日本語のリズムで、韻を踏んではリフレイン、洒落を効かせてさらっと終わる。その詩が、恐山ル・ヴォワール編を締めくくりました。

心の深いところに呼びかけるような内容であるにもかかわらず、マタムネからの手紙の最後は「好きなものはマタタビ」と締められており、それは内面の話だけで終わってしまう重たさをさらっとかわすようで、とてもユニークなものでした。

好みは分かれる?

以上、ル・ヴォワール編についてでした。

このエピソードを簡単な言葉であらわそうとするならば、「渋さ」「寂しさ」「切なさ」「苦しさ」「愛おしさ」などが当てはまるかと思います。

が、当時このエピソードが掲載されていたのは紛れもなく「週刊少年ジャンプ」です。

『DRAGON BALL』や『NARUTO -ナルト- 』、『HUNTER×HUNTER』や『ワンピース』など、バトルマンガとして登場した作品は、話が進むにつれてバトルが複雑になりながら、それでいて熱い展開で主人公が敵を倒していくところに大きな魅力があります。

『シャーマンキング』も最初は文字通りシャーマンキングになるための戦いに身を投じるという目的で始まりました。ところが、主人公が大会を辞退し、そのうえで過去の、言ってしまえば陰気な話を、渋いポエムに「慕情」という言葉を用いて描き、闇を抱えた少女が愛を知っていくというエピソードが展開されてしまいました。

とすると、バトルマンガを期待して読んでいた読者にとっては冗長に感じてしまうのも頷けます。もともと葉が持っている信念のユルさや、ときとしてバトルそのものよりもプロセスを重要視する価値観が、熱い少年マンガ好きには刺さらないかもしれないということは理解できます。

たしかに、筆者がこのエピソードを読んだのは小学生時代であり、マタムネが遺した詩の「微笑のひとつでも くりゃりゃんせ」という一文には「なんで笑ったんだ!?」と、まるで理解ができずにいたものです。少年がル・ヴォワール編を理解するのはやや難しいかもしれません。それでもル・ヴォワール編は好きでしたし、咀嚼しきれないまでも、心に何かしら感情が溢れてきていたことを覚えています。

しかし、まるで古文を読みこむような、繊細で、水の音すらも騒がしく聞こえてしまいそうな静けさと感情の揺らぎを描いたエピソードは今でも人気が根強く、今回のアニメ化が発表される前には、「ル・ヴォワール編だけでも映像化してほしい」という声すらあったほどです

今回のアニメ化において、ル・ヴォワール編が映像化されるということだけが特別に要素とは言いがたいところはあります。とはいえ、今は2020年です。アニメというコンテンツは、20年前よりも広く普及し、子どもやアニメオタクだけが視聴するものではなくなりました。

であれば、かつての少年マンガ好きのように、熱いバトルを期待した少年たちばかりではなく、あらゆる経験をしてきた大人たちであっても「恐山ル・ヴォワール編」を楽しめるかもしれません。いや、むしろ大人こそ、ル・ヴォワール編を楽しめるはずです!

ぜひ、期待して続報を待ちましょう!

まとめ

『シャーマンキング』は、連載が打ち切られたり、ターゲットの年齢層が少年よりかは少し上に思えてしまったりと、根強い人気を保っていながらも、爆発的な大流行というような現象はどうしても観られません。

その理由は、かならずしも「わかりやすい物語」ではないからかもしれません。ほかの人気作品のように、主人公が仲間とともに成長し、挫折を乗り越え、最後には目的を達成したり最後の敵を倒したりするという明確な構図からは若干ズレているようなところはあります。

それでも本作が面白いのは、登場人物たちがみな活き活きとしているからです

苦しみは、記号としての苦しみではありません。すべての人の苦しみの形が違うように、葉たちの思いや悩みは、とても繊細に、生々しく描かれています。

どんな苦しみも、乗り越えるときにはまた別の苦しみを伴うものです。それでも、葉だけは必ず「なんとかなる」と言い続け、「ウェッヘッヘ」とユルく笑いながら、乗り越えた先で笑ってくれているような気にさせてくれます。

心の強さで決まるのは、シャーマンファイトだけでなく、私たち人間も同じなのかもしれません。「大切なのは心」というのが、『シャーマンキング』の大事なテーマなのです。


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