【色づく世界の明日から】② 瞳美にとって魔法とは何か

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2018年、P.A.WORKSのオリジナルアニメとして放送された『色づく世界の明日から』についていく連載記事。

琥珀について書いた前回に続き、今回は、祖母・琥珀からとつぜん60年前に送り出されてしまった本作の主人公・月白瞳美について見ていきたいと思います。

魔法を避け、できるだけ1人でいようとふさぎ込んでいた瞳美にとって、魔法とはどんなものだったのでしょうか。そして、物語が進むにつれて、どんなものへと変わっていったのでしょうか。

目次


魔法は人を不幸にするもの

魔法のせいで母は出ていった

物語の序盤、月白瞳美は魔法を使いたがりませんでした。瞳美にとって魔法とは、自分や誰かを不幸にしてしまうものだったからです

その理由が明らかになるのは、物語が8話にまで進んでからでした。

瞳美が属する月白家では、先祖代々に魔法使いの血筋を持った子が生まれてきていました。ところが、瞳美の母だけはなぜか魔法が使えません。だからといって、そこで魔法使いの血筋が途切れたわけではなく、そのまた娘として生まれてきた瞳美は魔法が使える子どもでした。

ある日、母はとつぜん家を出て行ってしまいます。瞳美を置いて、何も告げずに。

それは、幼かった瞳美にとって大きなできごとであり、高校2年生となってもまだ、瞳美の心を蝕んでいました。

当時を振り返った瞳美は、母が出ていってしまったことについて、唯翔にこう打ち明けています。

魔法が使える自分に浮かれて、母の気持ちにも気づけなかったから。

一族の中ではじめて魔法が使えなかった母のことを思いやることもせず、瞳美はただ自分が魔法を使えることに舞い上がっていたというのです。そして、そのせいで母は出ていってしまったと思い込んでいました。瞳美はそのことを “罰” だといいます

それを聞いた唯翔は、「そんなの、小さな子どもには無理でしょ」と答えました。唯翔が言うように、魔法が使える幼い子が母を気遣って魔法を制御しながら使うといったようなことは、とても難しかしかったはずです。

それでも「やっぱり私のせいなんです。魔法なんてなければ」と、瞳美はあくまで自分のせいで母が出ていったと思い込んでいるようです。

唯翔はさらにこう語りかけます。

ちがうよ、魔法のせいじゃない。瞳美のせいでもない。なのになんでそんな風に責任を感じなきゃいけないんだ

第三者からすれば、唯翔の言うことがおおよそ正しく聞こえそうなものですが、瞳美はずっと、そう思い込こんで暮らしてきました。いや、そう思い込むことで暮らせてきた、ということかもしれません。

幼い時分に母が出て行ってしまったという事実は、とてもショッキングだったことでしょう。そこに何かしらの理由がないと、納得がいかなかったのかもしれません。

物語の最後、瞳美は祖母である琥珀と一緒に母を探しに行きたいと発言しています。それは、母が出ていった理由を聞くことになったとしても、受け入れる準備が整ったということでしょう。

しかし、それは物事を前向きに捉えられるようになってからの瞳美だから言えたことであって、気持ちに蓋をしていた物語序盤の頃の瞳美には、母が出ていった理由を自分のせいにするほかなかったのです。

そうして瞳美は塞ぎこみ、誰とも関わらないようにして過ごしていました。

瞳美にとって魔法は「誰かを不幸にしてしまうもの」でした。それは同時に ”自分は魔法が使えることで人を不幸にしてしまう存在である” という業を背負ってしまったということでもありました。

瞳美にとって魔法とは、瞳美の周囲を不幸にし、そんな瞳美自身をも不幸にしてしまうものだったのです。

色が見えなくなる魔法

瞳美は幼い頃、色が見えなくなってしまいました。その理由はわからいまま、ただ色のない世界を生きてきました。

瞳美が心を閉ざすようになったのは、ちょうどその頃でした。

「ひとりでいたいだけなのに」とこぼし、自身が色を見ることができないということについても隠すようにして過ごしている瞳美は、思ったことを誰かに話すことをしないばかりか、周囲のことにも目を向けるようなことはしませんでした。

1話の冒頭、花火大会に訪れた瞳美は祖母との待ち合わせで先に会場に到着していました。遭遇したクラスメイトから声をかけられても、浮かない返事をしては、クラスメイトたちに気を遣われ、その場をやりすごすだけでした。

あるいは10話。あさぎと気まずい雰囲気になったとき、校内で出くわしたあさぎに対して慌てて

えっと...今日....天気、良くないね...。」と声をかけました。気まずさは変わりませんでしたが、その失態について瞳美は「天気なんか気にしたことないのに」と思い返します。

10話にもなると、瞳美はもう心を開いて人と接するようになっていましたが、瞳美自身が過去を振り返ると、天気を気にしたことすらなかったほどに、それまでの瞳美にとって世界のことは視野に入らないことだったのかもしれません。

さて、色が見えないという現象はなぜ起こったのでしょうか。

2018年の琥珀はそれを「無意識の魔法」だと推測しています。瞳美が意図せず自分自身に “色が見えなくなる魔法” をかけたと考えていました。

瞳美は魔法が使えないわけではありません。実際、2話で唯翔から魔法を使うようせがまれた際には、手元に小さな光を灯す魔法を披露しました。

しかし、その魔法はとても微力で、一般人でも宙に放つことで使える魔法アイテム “星砂” と比べても劣るほど、取るに足らないものでした。

瞳美は、魔法が自分と周囲を不幸にするものだからと避けるように暮らし、練習してこなかったのです。

瞳美が魔力を持っていることはたしかですが、練習をしてこなかった瞳美が、みずからに「色が見えなくなる魔法」をかけているとはどういうことでしょうか。

琥珀は、とある魔法書の中からこのような言葉を見つけます。

魔法は人を幸せにする。それからときどき不幸にもする

琥珀が見つけたその言葉について、琥珀の母から「注意してないと、自分の力に飲み込まれてしまうの」と注釈が入りました。

魔法書にあることにくわえ、母の言葉が本当であれば、瞳美はみずからの力を持って「色が見えなくなる」という不幸を負ったことになります。

そこで琥珀は「魔法使いとして未熟な瞳美が、知らず知らずのうちに自分に魔法をかけてしまっていた」という説を取ります。

では、瞳美が無自覚に自分へ魔法をかけたのはなぜでしょうか。それは、瞳美がみずからのせいで母を家から追い出してしまったと思い込むことによって、みずから罰として背負ってしまった罪の意識によるものでした。

瞳美にとって魔法は、人や自分を不幸にしてしまうものであり、避けたいものでした。そして、そんな自分への罰として、周囲との干渉しないように、まるで世界に色がついていないかのように見える魔法をかけてしまったというのが琥珀の読みであり、一応は作中での正解として物語が展開されていきます。

魔法は、瞳美が自身から世界への興味を奪うものとなっていたのです。

人の絵の中に勝手に入ってしまう魔法

60年前に送り込まれた時点で、瞳美は無意識に魔法を使ってしまうことがありました。特筆すべきは、唯翔の絵の中に入り込んでしまったことです。

6話。グラバー園に訪れた魔法写真美術部。好き好きに写真を取っているなか、唯翔はベンチに座って絵を描いていました。

ちょうどそこに出くわした瞳美が唯翔のほうを見やると、彼の絵の中から金色のサカナが飛び出し、それを皮切りに、瞳美は唯翔の絵の中へ入り込んでしまいました。

そこには華やかな世界が広がっていました。瞳美は、唯翔の絵の中だけでは色を見ることができます

最初こそ迷ったものの、すぐにそこが唯翔の絵の中だと気づいた瞳美は落ち着いて出口を探します。そこはいつも唯翔が描いているように色づいていましたが、これまで見てきた彼の絵とは異なり、華々しさが少なく、どこか落ち着いている様子です。

瞳美は、足元に泳ぐ金色のサカナが進む方へと歩みます。

すると、世界は何やら陰りを見せはじめました。辺りは雲に覆われ、ばつ印や打ち消し線の書き込みが目立ちます。

さらに奥へ進むと、乾ききった砂漠の中心に黒く滲んだ沼が渦巻いていました。

瞳美はそこに人影を見つけます。その人影は、金色のサカナを捕まえようと沼の中心へと歩みを進めていました。

不穏に思った瞳美が声をかけても気にもせず、人影は淀んだ沼の中心へ向かう足を止めません。

追いかけた瞳美が人影を見失った頃、さきほどまで堂々と泳いでいた金色のサカナが死んだように浮かび上がってきたのを見つけます。

と、そこで瞳美が目を覚ますと、唯翔が絵を描いていたベンチで横になっていました。瞳美はすぐさま、唯翔の絵の中に入っていたことを告げます。

これまで見てきた絵とは異なり、唯翔の絵に闇を見た瞳美。絵の中の世界で人影が金色のサカナを捕まえようとしていた様子は、瞳美からすれば、まるで唯翔が何かに思い悩み、答えを見つけられていないように思えました。

心配して、瞳美は唯翔に詰め寄ります。

琥珀に相談してみたらどうですか。夢占いみたいに、何かヒントが見つかるかもしれないですし。

唯翔が断るのも振り切って、瞳美はさらに続けます。

でも、もし悩みとかあったら...!

ここまで言われると、普段おとなしい唯翔もイラ立ちを見せます。

俺、全部話さなきゃいけないの。カウンセリングでもするつもり。魔法使いって何様?

唯翔にとって、絵は内面と強く結びついているものでした。無意識とはいえ、瞳美が魔法で勝手に絵の中に入り込んだあげく、唯翔が心に抱えていることをズバズバと言及されては、わずらわしく感じてしまうのもしかたありません。

唯翔は強く言い放ったあと、瞳美を置いてその場を離れ、グラバー園からひとり帰路へつきました。

瞳美は、少しずつみんなと打ち解け気持ちを表現するようになったのと同時に、魔法を使うことにも前向きになっていたいました。

そして、色を見せてくれる唯翔には特に心を開き、唯翔の絵を特別で大切だと告白したばかりでした。にもかかわらず、瞳美は自身の魔法によって、唯翔に対して過干渉をし、怒らせてしまいました

帰宅した瞳美はひざを抱え、こうつぶやきます

魔法なんて、大キライ

それは第2話のタイトル『魔法なんて、大キライ』と同じ言葉です。

60年前に飛ばされ、唯翔たちの前ではじめて魔法を披露した頃、瞳美は魔法が嫌いでした。

それから少しずつ、みんなと出会って魔法にも人間関係にも積極的になっていた瞳美は、また魔法によって、そして自身の行動が招いた結果よって人に不幸をもたらしてしまいました。

幼い頃に母の気持ちに無自覚だったのと同じように、無自覚に魔法で唯翔を苦しめてしまったのです。

第2話のタイトルと同じセリフをこぼす瞳美は、つまりはまた、ふさぎ込んでいた瞳美に戻ってしまったことを意味しているとも考えられます

「怒られるのも、無視されるよりはずっといいんじゃない?」

自分の失態で人を傷つけてしまったとか思う瞳美。ですが、昔のようにひとりでふさぎ込んでいた頃とは違います。今の瞳美にはあさぎをはじめとした部活のメンバーがいますし、何よりも、側には琥珀がいます。

怒られるのも、無視されるよりはずっといいんじゃない?仲良くなれる気がするじゃん」と、琥珀は瞳美を励まします。

さらに翌日、瞳美は胡桃からも「絆って、少し叩いたほうが強くなるのよ」という励ましをもらいました。そんなふうに思ったことがなかった瞳美は心を持ち直すと、部の面々に唯翔を怒らせてしまったことを白状しました。

これは、昔の瞳美には考えられないことです。

誰かに何かをしてしまい、怒らせてしまっても、また仲直りしたり、話したりできる。そして、間に入った友達は両者の仲直りを望んでいる。

母が出ていってしまった瞳美にとって、過ちは一度犯してしまえば取り返しがつかないものだったのかもしれません。実際、瞳美は母の気持ちに気がつかなったことで、もう二度と母と会うことができないと思いこんでいたのですから。

とすると、たとえ自分が誰かを怒らせたり悲しませたりしたとしても、それだけで何もかも終わってしまうということはないのかもしれない。そう思えたからこそ、瞳美は自分の失敗を、胡桃たちに話すことができたのではないでしょうか。

これまで普通に友人関係を持つことができていた人たちからすれば、それはよくあることなのでしょうが、瞳美にとっては驚きだったようです。

その後、琥珀のアシストにより、瞳美と唯翔はまた絆を深めていく関係となりました。

ここでのできごとは、瞳美にとって大きく作用したようです。

魔法は人を幸せにするもの

瞳美は、自分が魔法を使えるせいで母が出ていったと考え、その不幸をみずから背負うようにして色を失う魔法をかけてしまっていました。というのは、琥珀による推測の域を出ないとはいえ、おおよそ当たっているように思えます。

そして、不幸を寄せつけ、みずからに罪の意識を感じさせるのが、物語の序盤における瞳美にとっての魔法の位置づけでした。

そこから瞳美が色を取り戻していく過程で、瞳美の魔法に対する考え方はどのように変わっていったのでしょうか。

唯翔と出会い、自分の魔法が誰かを喜ばせることがあるかもしれないと思うようになった瞳美。

そして、あさぎたちと出会い、友達ができたことで、人と向き合って話すようになります。

さらには、若かりし頃の琥珀と出会ったことで、魔法で誰かを喜ばせるという信念を持つことや、それを本当に実行することができると確信するようになりました。

その過程で、まずはみんなと同じ景色を見たいと願うようになりました。そして次に、琥珀とともに魔法を使い、みんなに楽しんでもらうための行動を、積極的に取るようになります。

そうして瞳美は、「魔法使いである自分が人と関わると、お互いに不幸になってしまう」という思い込みから抜け出し、もっと人と関わって、「誰かを幸せにするために行動してもいいのだ」ということを学びました。

色を見せてくれるもの

先述のとおり、作中で瞳美がはじめて自分の意思で魔法を使ったのは、唯翔にせがまれたときです。魔法を使うことを避けて暮らしていた瞳美が、唯翔にせがまれたことで、野次馬だらけの校内で魔法を演じてみせたのはなぜでしょうか。唯翔のことが好きだったから?

もちろん違います。瞳美は、唯翔に絵を見せて欲しかったのです。そのために、自分がただの不審者ではないということを証明し、周囲から噂されている唯翔との恋人疑惑を晴らそうと考えたのです。

60年前に飛ばされた瞳美は、そこで久しぶりに色を目にしました。それが唯翔の絵です。

公園でひとり絵を描いていた唯翔に近づくと、彼がキャンバスにしていたタブレットから、金色のサカナが飛び出してきました。それを皮切りに、瞳美の見ている世界が色づいていきます。

空は青く晴れやかに、木々は緑々と生茂り、虹色の魚群が宙を舞う。

そんな景色を目の当たりにした瞳美は、色が見えることに感動し、涙をこぼすほどでした

瞳美にとって、はじめは唯翔の絵だけが色を見せてくれるものでした。だから唯翔と関わる必要があったのです。

人の絵を見せてもらうとき、基本的には作者に許可を取るものです。瞳美は、唯翔からの信頼を取り戻し、絵を見せてもらう許可が欲しかったのです。そのために、避けていたはずの魔法をあっさりと披露するほどでした。

瞳美にとって、色が見えるということはそれだけ重要だったのです

このとき、瞳美にとって魔法は色を見るためのものでしかありませんでした。芸を披露すると餌がもらえる犬のように、魔法を使うことで信用を得る代わりに唯翔から絵を見せてもらう、という交換条件でしかありません。

ところが、唯翔のひとことによって、瞳美が持つ魔法への認識が大きく変わります。

また見せてよ、魔法。星とか出せるのって結構すごいと思うよ。俺の絵なんかよりすごいって。絶対に

魔法は人を不幸にしてしまうもの。そう思い込んで生きてきた瞳美でしたが、唯翔から思ってもみなかった言葉をかけられました。

魔法が嫌いで、絵を見せてもらうという理由さえなかったら使うことなんてなかったであろうにもかかわらず、その魔法が褒められるなどということは、瞳美にとって驚きでしかありません。

わたしの魔法を喜んでくれる人がいるなんて

これまでは、自分と母を不幸にしたという思い込みから、瞳にとって魔法は人を不幸にしてしまうものでしかありませんでした。ところが、瞳美の魔法は他人からはじめて歓迎されました。それも、唯一、瞳美に色を見せることができる絵を描く唯翔によって

自分と周りを不幸にしてしまうものだった魔法が、誰かを喜ばせるものに変わった瞬間です。

色が見たいという気持ち

瞳美が所属する魔法写真美術部は、毎年キャンプ合宿を行います。次期部長としてあさぎが、副部長として瞳美が指名されると、2人は合宿についてのまとめ役を担うことになりました。

参考として送られてきた去年の写真を家で眺める瞳美は、琥珀に対してこうこぼします。

これ、青空?それとも夕焼け?

写真の景色がどういったものなのか、瞳美は気になったようです。

おかしいよね。少し前までは色がないのが普通で、空が何色かなんて気にしたこともなかったのに。今はどんなふうに見えているのか知りたい。

ふさぎ込んでいた頃の瞳美には、周囲のことがすべてモノクロに見えていたせいか、あらゆるものを意識下に入れてこなかったようです。

それが、みんなと過ごしていくなかで自他ともに様々な気持ちに触れていったことで、瞳美はみんながみている景色がどんなものかということを知りたがるまでになりました。

瞳美は唯翔の絵に色を見たことをきっかけに、もっと色を見たいという自身の気持ちに正直になってきたのかもしれません。

こちらの記事 で書いたように、色の名前を持つみんなと出会ったことで、もっとたくさんの色を知りたいと思うようになったのです。

幸せをもたらしてくれるもの

転入という形で学校に通うようになったある日、唯翔にくわえ、顔見知りであったあさぎたちのいる写真美術部を訪れると、それをきっかけにメンバーと親交を持つようになりました。

そこに琥珀が留学から帰ってきたことが、瞳美にとっては大きく影響します。もともと琥珀は、10代の自分たちに合わせるために瞳美を60年前へと送り込んだわけですから、この出会いは必然です。

こちら で書いたように、琥珀にとって魔法は最初から人を幸せにするためにありました。ですから、琥珀が魔法を幸福のために追究していく姿は、「魔法は人を不幸にするもの」と思いこんでいる瞳美にはまぶしく写るのも当然です。

さらに、琥珀は性格が明るく、誰とでもすぐに仲良くなってしまいます。瞳美が入部したばかりの写真美術部に付き添いで参加すると、その日のうちにメンバーと打ち解け、瞳美を圧倒したほどです。

瞳美が琥珀に気を許せたのは、琥珀が祖母であり、自身を60年前に送り込んだ張本人だと知っていたからです。2078年の時空において、一緒に暮らしている祖母が自分と同い年だった頃に触れているわけですから、他の人たちよりかは気を許しやすかったことでしょう。

ましてや月白家という魔法使いの血筋を受け継いでいる特殊な一族同士ですから、話は通じるうえに、事情もわかってくれやすい。

そして、2078年においてもっとも身近な魔法使いだった祖母が、同い年として側にいてくれたからこそ、琥珀からの刺激は大きかったはずです。

琥珀は常に、魔法で人を幸せにしたいと考え行動し、魔法以外においても、みんなが楽しめる方法はないかと常に考えているような子です。

翻って瞳美は、「自分は魔法使いだから、人を不幸にしてしまう。だから、1人でいたい」という考えの持ち主です。もし、瞳美にとって琥珀が赤の他人であれば、その性格の違いから、瞳美は琥珀の性格に敬意を示しつつも、自分とは別の人間だと割り切ってしまっていたかもしれません。

ところが琥珀は、誰かの幸せのためであればお節介をいくらでも焼くような人間ですから、それが未来からやってきた自分の孫だと聞けば、黙ってなどいられるはずがありません。

瞳美は、琥珀が目の前で魔法をどんどん使っているのを見ていくうちに、さらには、琥珀が瞳美を巻き込んで魔法を使うように促していくことによって、魔法に対して積極的になっていきます。

そのきっかけは、もちろん唯翔です。彼が瞳美に、「魔法を喜んでくれる人がいるかもしれない」と思わせてくれたことで、瞳美は魔法に対して前向きな感情を抱きはじめたのですから。

そして、魔法を前向きに考えはじめた瞳美が、人を喜ばせるために次々と魔法を使っていく琥珀を目の当たりにすることによって、魔法への気持ちが加速度的に前向きになっていったのです

もちろん、他の写真美術部のメンバーとの出会いも大切でした。

繰り返しになりますが、瞳美が魔法を使いたがらないのは、瞳美の心がそうさせていたからです。魔法は人を不幸にするものだとふさぎこんでいた瞳美は、魔法だけでなく、魔法が使える自分がいると誰かを不幸にしてしまう、という思い込みをしていました。

ところが、あさぎをはじめ写真美術部のメンバーはやさしく、瞳美と一緒にいても嫌がるどころか楽しんでいます。瞳美がそこにいることに、何も抵抗を示すような気配は感じさせませんでした。

それでいて、瞳美と同じように悩みを抱えたり、不安になったりしています。魔法使いである自分だけが悩みを抱えているのではなく、同じように誰もが悩んでいるということを知りました。

そんなみんなと関わっていくうちに、瞳美は自分の心を開いていくようになります。ひとりで60年前に送り込まれてから初めて友達になったあさぎは優しく、瞳美と同じようにおとなしく見えても、努力を重ねている子でした。

部の先輩として気さくに振舞い、周囲を見て場をまとめてくれる胡桃や、いつでもゆるく力の抜けている後輩の千草。部長として面倒見がよく、好意を伝えてくれた将。

魔法とは人を幸せにするためにあるのだということを、口だけではなく行動で示し続けている琥珀。

そして、瞳美に色を見せてくれた唯翔。彼は、瞳美と同じように、自分にできることがあっても、それが誰かのためになるなんてことを考えたことがありませんでした。唯翔に出会ったことで、自分にも誰かを幸せにすることはできることに気がついた瞳美は、それから魔法の練習をはじめるようになりました。

瞳美は唯翔の絵の中に無意識に入り込んでしまうことがありました。そのなかで、唯翔の内面に深く入り込んでしまったがゆえにすれ違うことがありましたが、瞳美と唯翔はぶつかりあって少しずつ心を通わせていきました。

唯翔の絵は、はじめは瞳美にとって色が見えるものでしかありませんでしたが、それはやがてみんなと同じ景色を見ることのできる唯一の場所として機能するようになりました

みんなと同じ場所で同じ写真をとっても、瞳美だけはモノクロでしか見ることのできなかった世界が、唯翔の色がついた絵の中では、みんなと同じように鮮やかに写っていたのです。

まとめ

魔法が大嫌いだった瞳美が、色の名前を持つ仲間と出会い、色を取り戻していくという物語の展開は、わかりやすくシンプルでありながら、素敵さを感じます。

自分や自分の母を不幸にしてしまうものであった魔法によって色が見えなくなる罰をみずからに課していた瞳美は、色が見たいという本当の気持ちに気づくと、もっと色を見たいと思っていい、幸せになっていいのだということをみんなから教わりました

魔法によって人を不幸にしてしまうのではなく、琥珀のようにみずからの意思で魔法を使い、幸せになろうとしていいということを知った瞳美は、思い込みから解放され、色を取り戻すことができました。

そうして無事に色を取り戻した瞳美は、最後、琥珀とともに母を探しに行きたいと言うようになったのです。

それは、母が出ていった理由を、瞳美自身の思い込みで勝手に決めつけるのではなく、母ときちんと向き合うことをする、という瞳美の態度のあらわれでもあります

魔法で人を幸せにしたいと願う琥珀は孫を幸せな気持ちにし、その孫が成長したことで、琥珀をも幸せにしたことは間違いありません。

琥珀がかつて本で読んだ「魔法は人を幸せにする」という言葉は、瞳美にもしっかりと受け継がれていたのでした


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【Aチャンネル】"振り向きながら バイバイ" という至高の歌詞について

2008年から「まんがタイムきららキャラット」にて連載中の、黒田bb氏による4コマ漫画『Aチャンネル』。2011年にアニメ化し、OVAも製作されるほどの人気を誇るこの作品の魅力は、エンディングテーマ曲における最後のワンフレーズ、<b>「 つぎの角で振り向きながら バイバイ」</b>という歌詞に凝縮されています。タイトルを『ハミングガール』とするこの主題歌の作曲は、アニソン界に知らない人はいない<b>音楽制作集団MONACA所属の神前暁氏</b>が、そしてその作詞を、これまたアニソン界に知らない人はいない<b>こだまさおり氏</b>が手掛けるという、まさに夢のタッグによって製作された曲です。曲の雰囲気としては、マーチのように明確で軽快なリズムを刻みながら、楽しい放課後に中の良い友達と一緒に帰っているような気分にさせてくれるもので、歌詞もまた同様にそういった内容となっています。今回冒頭で紹介した「次の角で 振り向きながら バイバイ」という1行は、この曲の最後を締めくくるフレーズとなっています。では、この歌詞がいったいどのように『Aチャンネル』を描写しているのかという話をしていきたいと思います。

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